仔豚の代りに我れと我が唇を焼いてしまふ道理ぢやないか……。」
「で、あの、なんですの……」と、その時、寝棚《レジャンカ》のうへにあぐらをかいて坐つてゐた、くだんの村長の義妹《いもうと》だと称する女が口を出した。「あなたはずつと此処《こちら》で、おつれあひとは別々にお暮しなさるおつもり?」
「だといつて、彼女《あいつ》がわしになんの用がありますだね? なんぞ好いところでもありやあ、また格別ですがね。」
「そんなに見くびつたものでもなからうがな?」と、村長が、その独眼をじつと相手に凝らしながら訊ねた。
「見くびるにも見くびらんにも! 二日たあ見られねえ老いぼれ婆あで、そのご面相と来ちやあ、皺だらけで、まるで空の巾著さね。」そして蒸溜人《こして》のちんちくりんな胴体は、又もや哄笑とともに揺ぶられた。
 ちやうどその時、入口の外で何かゴトゴト物音がしはじめた。と、だしぬけに戸があいて――一人の百姓が、帽子も脱《と》らずに、閾を跨いで、のつそり入つて来るなり、きよとんとして家のまんなかに突つ立つたが、そのままぼんやり口をあいて天井を眺めまはした。それは他ならぬわれわれのお馴染のカレーニクであつた。
「そうら、うちい戻つたわい。」と、彼は戸口に近い腰掛へ尻をおろしながら、現在自分の眼の前にゐる人々には、てんで注意も払はないで言つた。「くそ忌々しい悪魔めが、道をひき伸ばしやあがつて! 歩いても歩いても、きりがねえだ! まるでどいつかに足を叩き折られたやうな気がすらあ。おい、おつかあ、そこの皮外套《トゥループ》を取つてくんな、寝敷にするだよ。お前《めえ》のゐる煖炉《ペチカ》の上へなんぞ行くもんけえ。どうしてどうして、行くもんけえ。おお足が痛え! 取つてくんなつたら、そこんとこにあらあな、聖像の下んとこによ。だが気い附けろよ、粉煙草《こなたばこ》の入えつた壺をひつくら返さねえやうに。いんにや、もうええだよ、ええだよ! お前《めえ》は又、けふは喰らひ酔つとるだべえからな……。おらが勝手に取つて来るだ。」
 そこでカレーニクは少し身を起しさうにしたが、いつかな不可抗力が彼を腰掛に釘づけにしてゐた。
「これぢやによつて可愛いぢやて、」と村長が言つた。「ひとの家へやつて来をつて、まるで自分のうちのやうな振舞をしてやあがるだ! ようし、こいつに一つ、性根を入れかへてこまさにやあ!……」
「まあ
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