喜びもなければ、同感の閃めきもなく、ただ酒の力がまるで魂のない自動人形を操る機械師のやうに、彼女たちに人間らしい動作を強ひてゐるだけで、ふらふらと酔ひしれた頭を振り動かしながら、新郎新婦の方へは眼を向けようともせず、ただ浮かれさわぐ群衆のあとについて踊つてゐるだけであつた。
 やがて、轟ろきと、笑ひと、歌声とがだんだん静かになつていつた。茫漠たる虚空の中に、はつきりしない響きをぼかし、消して、いつか弓《きゆう》の音も跡絶えてしまつた。まだ、どこかで遠い海洋《うみ》の呟やきにも似た足拍子の音だけは聞えてゐたが、間もなく一切の万象《ものみな》が空寂の底に沈んでしまつた。
 ちやうどこのやうに、歓びといふ美しくて移り気な訪客がわれわれの許を飛び去つたあとではただ侘しい音だけが過ぎ去つた歓楽を物語るのではなからうか? 音そのものが既におのれの反響《こだま》のなかに悲哀と寂莫の声を聴きながら、奇しくもそれに耳傾けてゐる。不羈奔放な、荒ぶる青春の遊び友だちが一人また一人と次ぎ次ぎに世を去つて、つひにはただひとり彼等の仲間を置き去りにするのも、ちやうどこれと同じではなからうか? 取り残された者は寂し
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