な、ほやほやの焼麺麭《クニーシュ》にバタをつけたやつを卓子《テーブル》へだしたので、一座の衆は期せずしてそのまはりへと集まつた。拳《こぶし》を突きつけようとしてゐたフォマ・グリゴーリエ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチの手も、つい焼麺麭《クニーシュ》の方へ差しのばされて、皆の衆は例によつて例の如く、主婦の技倆《うでまへ》の鮮やかさを口々に褒めそやしはじめたものぢや。ほかにもう一人、語り手がゐたが、その人は(どうもそれを寝しなに思ひ出すのは、ちと具合が悪いけれど)実に身の毛もよだつやうな怖ろしい話をして聴かせたものぢや。だが、わたしはわざとその話はこの本へ載せなかつた。このうへ堅気な人たちをおどかしては、皆の衆がこのわたしを鬼かなんぞのやうに怯ぢ怖れだすかも知れないからぢや。もし神のお恵みで新年まで生きながらへて、もう一冊の本を出すやうなことにでもなれば、その時こそ、あの世から迷つて出てくる亡者だの、むかしむかし、この正教の国にあつたくさぐさの不可思議な出来ごとだのの物語で、少しばかりぞうつとさせて進ぜてもよろしい。それと一緒に、ひよつとしたら、この蜜蜂飼が孫たちに話して聴かせた
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