き》を持つた娘たちが先づ一軒の家へどやどやと寄りつどふ。そして初手《はな》のあひだは、どうやら一生懸命に仕事に身をいれてゐるやうで、紡錘はビイビイ唸り、唄声がはずんで、娘つこたちはめいめい傍目もふらぬ有様なのぢや。ところが、そこへ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]イオリン弾きをつれた若い衆連が不意に押しかけて来ると同時に――どつといふ叫び声があがつて、とてつもない馬鹿騒ぎが持ちあがり、踊りが始まり、なんともはやお話にもならぬ悪戯《わるさ》がおつぱじまる始末なのぢや。
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バラライカ 露西亜の農民間に愛用される楽器の一種で、共鳴胴の表面が三角形をなす、マンドリンに類似した三絃琴。指頭で絃を掻きならして感傷的な音色を出す。
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だが、何よりも嬉しいのは、一同ひしひしと一と塊りに寄りたかつて、謎々を解いたり、または単に――無駄口をたたく時ぢや。いやどうも、何か一つとして口の端にのぼらぬやうなことがあるだらうか! 古い昔話といふ昔話が一から十まで蒸しかへされるのぢや! ありとあらゆる怖ろしい怪談が持ちだされるのぢや! したが、かくいふ蜜蜂飼ルードゥイ・パニコーのところの夜会で語られたやうな珍談奇話に至つては、先づほかでは聞けないぢやらう。時にどうして部落《むら》の連中がこのわたしに※[#始め二重括弧、1−2−54]|赤毛の旦那《ルードゥイ・パニコー》※[#終わり二重括弧、1−2−55]などといふ渾名をつけたものか――頓とどうも合点がいかん。わたしは、髪の毛だつて今では赤毛どころか白髪の筈ぢや。しかしわれわれの仲間では、いつたん渾名をつけられたが最後、泣いても笑つても、それが未来永劫に亘つて用ゐられるのがならはしなんでな。それはさて、よく祭礼の前夜などに、堅気な人たちがこの蜜蜂飼の荒《あば》ら家《や》へお客にやつて来て、卓をかこんで席につく――さうなつたら、ただもう耳を澄まして聴き入るよりほかはないて。それもその筈で、集まつて来る人々はといへば、どうしてどうして、そんじよそこいらの十把ひとからげの水呑百姓などではなく、この蜜蜂飼などよりぐんと身分の高い人々にさへ、訪問を受けるのが肩身の広いやうなお歴々ばかりなのぢや。早い話が、あのディカーニカ寺院の役僧、フォマ・グリゴーリエ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチを御存じでがせう? いやどうして、素晴らしい人物で! あの人が実に面白い物語を聴かせてくれたものぢや! この小|冊子《ぼん》の中にもそれが二つ載つてをる。この人は、よく田舎寺の役僧などが著てゐるやうな縞柄の褞袍《ハラート》などは決して身につけてをらん。それどころか、たとへ平日《ひらび》に訪ねて行つても、いつも、片栗粉でつくつた*キッセリの冷たくなつたやつのやうな色あひの、薄手の羅紗で仕立てた寛衣《バラホン》をまとつてお客を迎へるがの、その生地は*ポルタワで一*アルシンに六|留《ルーブリ》からだした品ぢや。また、この人の穿いてゐる長靴がつひぞ樹脂《タール》臭かつた、などといふ者は村ぢゆうに一人もゐないどころか、そんじよそこいらの百姓だつたら大喜びで粥《カーシャ》へ入れて食ふやうな、飛びきり上等の鵞鳥脂で自分の靴を磨いてゐることは隠れもない事実なのぢや。それにまた、あの人と同じ役柄の人たちがよくするやうに、寛衣の裾で鼻を拭いたりなぞするところを見た者も、誰ひとりない。あの人は何時もきまつて、きちんと折りたたんだ、縁に赤い糸で刺繍《ぬひとり》をした真白な手巾《ハンカチ》を懐ろから取り出して、然るべく用を足すと、またもやそれを几帳面に十二折りに折りたたんで、懐中へ仕舞ひこんだものだ。ところで、お客の一人に……いや、この人物は衣裳さへつけさせたら、てもなく陪審員か裁判官と見紛ふほどの貴公子であつたが、よく、かう、鼻の前《さき》へ指を突つ立てて、その指の頭を見ながら喋りだしたものでな――それがまた恐ろしく美辞麗句の羅列で、まるで活版に刷つたものでも読むやうな塩梅式なのぢや! それをおとなしく、じつと聴いてゐようなものなら、いつか此方《こちら》がふさぎの虫にとり憑かれてしまふくらゐで。何が何やら、ぶち殺されたつて解るこつちやない。いつたい何処からあんな文句を寄せ集めて来たものだらう? 或る時、フォマ・グリゴーリエ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチが実に穿つた一口話をこしらへて、この男をあてこすつたものぢや。といふのは――さる役僧について読み書きを習つてゐた一人の学僕が、おつそろしい拉典語きちがひになつて父親のところへ戻つて来たが、こちとらのつかふ正教の言葉さへ忘れてしまつて、どんな言葉にでも※[#始め二重括弧、1−2−54]ウス※[#終わり二重括弧、1−2−55]と
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