]ッチは自分の胸が激しく鼓動しはじめるのを感じた。柳の木の間からは池が生々として明るい光りを放ち、すがすがしい息吹を吐いてゐた。曾て彼はそこで水浴《みづあび》をした。またこの池の中を、腕白仲間といつしよに、頸まで水につかりながら、蜊蛄《えび》を捜しまはつたこともある。幌馬車《キビートカ》が堰の上へあがると、イワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチの眼には、懐かしい茅葺きの古びた家や、いつか彼がこつそり登り登りした林檎や桜桃《さくらんばう》の樹が見えて来た。彼が邸内へ馬車を乗り入れると同時に、四方八方から、茶、黒、鼠、斑《ぶち》等の種々雑多な毛色の犬の群れが駈け寄つた。中には吠え立てながら馬の脚もとへ飛びこんで来るのもあり、また、車軸に脂の塗つてあるのを知つて、後ろへ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]るのもあつた。一匹の犬は台所の傍で、骨を押へて立つたまま、声を限りに吠え立てた。もう一匹の犬は、遠くから吠えながら、前へ出たり、後へ戻つたりして、切《しき》りに尻尾を振つた。その様子がいかにも、※[#始め二重括弧、1−2−54]どうです、見て下さい、何と私は立派な
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