し辛いことだらうが、それにもまして、俺の霊魂は一層苦しむことだらう!」
「まあ、あなたとしたことが、何を仰つしやいますの? あなたはよく、あたし達のやうな弱い女をおからかひになるではありませんか? それだのに今度は御自分がか弱い女のやうなことを仰つしやいますのね。あなたはまだまだながく生き永らへて下さらなくてはなりませんわ。」
「いいや、カテリーナ、俺の魂には死の近づいたことが感じられるのだよ。世の中が何だか陰惨になつて来た。殺伐な時節がやつて来た。ああ! まざまざと昔の時代が胸に浮かぶ。だが、それも今は返らぬ夢だ! 我が軍の名誉であり光栄であつた、あの*コナシェー※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチ老将もまだ健在だつたつけ! さながら俺の眼の前を哥薩克の聯隊が行進して行くやうだ! あの頃はほんとに黄金時代だつたよ、カテリーナ! 老総帥が黒馬《あを》に跨がつてゐる、その手には権標が輝やき、ぐるりには衛兵《セルデューク》の垣、四方にはザポロージェ人の赤い海が沸き立つてゐる。大総帥が口を開くと、全軍は水を打つたやうに鎮まつた。老将は我々に往昔の戦闘や、セーチのことを、想ひ出し想ひ出し
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