》には鎖など、一筋としてかかつてゐないのぢや!」さう言ひながら彼は部屋のまんなかへ出た「わしは、この壁にしてからが、何の苦もなく、抜け出すことが出来るのぢやけれど、これはお前の亭主も知らぬことぢやが、この僧房の壁は、さるけだかい隠者が築いたもので、どんな邪《よこし》まな魔力を以つてしても、その聖者が自分の僧房をとざしたその同じ鍵でひらかぬかぎり、この中から囚人《めしうど》を外へ出すことは出来ぬのぢや。わしは自由の身になることができた暁には、このたとへがたない罪障に穢れた我が身のために、かういふ僧房を築くのぢや。」
「ではね、あたしあなたを出してあげませうけれど、もしや、あたしをお騙しなさるのでしたら?」さう言つて、カテリーナは扉の前に立ちどまつた。「懺悔《くひあらた》めるかはりに、また悪魔の兄弟におなりなさるやうだつたら?」
「うんにや、カテリーナ、わしはもう永くは生きられぬからだぢや。刑罰がなくとも、わしの最期はもう近いのぢや。そのわしが、更に我れと我が身を無限の業苦に落すやうな罪悪を重ねると思ふのか?」
 錠前の音が響いた。「さらばちや[#「さらばちや」はママ]! 神の御恵みがお前
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