。この先きお父さんを苦しめるやうなことは決してしないでせうから!」
「ただお主《ぬし》に免じて勘弁してやらう!」と、娘を接吻しながら、怪しい光りをその眼に漂はせながら父親が答へた。
 カテリーナは少し身震ひを感じた。その接吻といひ、その怪しげな眼の光りといひ、彼女には不可解なものに思はれたからである。彼女は卓子に肘をついた。その卓子の上では、何ら身に疚しいところもなく赦しを乞ふなど、哥薩克らしくもない、へまなことをしたものだと、返す返すも無念に思ひながら、ダニーロが傷ついた手に繃帯を巻いてゐた。

      四

 夜は明けたが、陽の目も見えず、空は掻き曇つて、細かい霧雨が、野や森や、広漠たるドニェープルの上に降り灑いでゐた。カテリーナは眼を覚ましたが、心はむすぼれてゐた。眼も泣き腫し、全体に取り乱して、彼女は落つきを失つてゐた。
「まあ、あなた、いとしいあなた、あたし不思議な夢を見ましたの!」
「どんな夢を見たのだい、カテリーナ?」
「ほんとに変な夢ですの、ほんとに、まるで現つのやうにまざまざと、あの大尉《エサウル》のところで見たばけものが、実はあたしの父なんですの。でも、どうか、
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