、いでや将軍《パシャ》をば生捕らん!※[#終わり二重括弧、1−2−55]イワンがペトゥローにかく言ふや、直ちに二人の哥薩克は、おのおの志ざす方角へ、別れ別れに発足しけり。
        ☆
『ペトゥローがいまだ捕へようともせぬ暇に、疾くもイワンは敵将の頸に縄うち、王《きみ》の御前に引き立てけり。※[#始め二重括弧、1−2−54]でかしたり、あつぱれなるぞ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]とステパン王は、いと打ち悦びて、彼ひとりに、全軍が賜はるに等しき扶持を与へ、尚そのうへに本人の、望みの土地の領主に封じ、欲《ねが》ひのままに家畜も与へ給ひけり。イワンは王よりの下され物を、すぐさまその場で二分して、友のペトゥローと分配せり。ペトゥローは恩賞の半ばは貰ひたれど、イワンが王より受けし如き、栄誉の分たれざりしことを、深くも心に恨みけり。
        ☆
『二人の騎士は主君より拝領なせし領土をさして、カルパシヤの山麓を、徐々《しづ/\》と駒を進めたり。イワンは後方《しりへ》にわが息《こ》をば、鞍に結びて乗せ行けり。はや黄昏の頃ほひなりしが、尚も先へと進み行く。稚児はすでに熟睡《うまい》して、イワンも微睡《まどろ》みはじめたり。やよ哥薩克よ、居眠るな、山路はいとも危険なり!……さはいへなべて哥薩克の、駒は道をば心得て、足を躓づき、踏み外す、憂へは更になかりけり。さて山峡に崕穴《がけ》ありて、底を極めし者もなく、この地上より天涯に達する程の奈落なり。しかも山路はその崕穴《がけ》の真上の縁を通ずるなり――二人ならばまだしもあれ、三人は並んで通り難し。今やまどろめる哥薩克を、乗せし駿馬は用心深く、その難所へとさしかかる。ペトゥローは並んで進みながらも、全身うずうずと顫きて、喜悦のために呼吸も塞がるほどなりき。やがて不意に振り向きざま、兄弟と誓ひし者を無慚にも、奈落の底へと突き落す。哀れや駒は哥薩克と、稚児もろともに深淵の、只中さして転び落つ。
        ☆
『されど咄嗟に哥薩克は、木の根にしかと捉まりしかば、駒のみ奈落へ落ち行けり。彼はわが息《こ》を肩に乗せ、辛くも上へ攀ぢ登り、まさに穴の縁へと辿りつき、眼をあげ見ればこはいかに、ペトゥローはきつと槍を構へ、ただ一と突きと待ちゐたり。※[#始め二重括弧、1−2−54]南無三! 生みの兄弟《はらから》とも、思ふ友がこの我に、槍を向けるとは口惜しや!……あな、兄弟《はらから》よ、我が友よ! 宿世の縁とあるからは、たとへこの身はその槍の、錆と消えんも詮なけれ。されど童子は助けてたべ、いかでか無辜の幼な児に、さる非道なる最期をば、遂げしめるべき罪科《とが》あらん。※[#終わり二重括弧、1−2−55]されどペトゥローはあざ笑ひ、槍ひきしごきイワンをば、ただ一と突きに突きければ、哥薩克と稚児は翻筋斗うち、奈落の底へと転落せり。ペトゥローはすべての財宝を、わが身ひとりで横領なし、総督《パシャ》の如くに暮しけり。ペトゥローの牧場に見る如き、馬群を持つ者さらになく、緬羊《ひつじ》の類も誰にもまし、数おびただしく飼ひゐたり。かくしてペトゥローは世を去りぬ。
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『ペトゥロー死すや上帝は、彼とイワンの霊魂を裁きの廷に招《め》し給ひ、※[#始め二重括弧、1−2−54]さてもこれなる人間《ひとのこ》は類ひ稀なる悪人なり。われは直ちに刑罰を、決せざればイワーニェよ! 汝みづから彼がため、欲《ねが》ひの刑を選ぶべし!※[#終わり二重括弧、1−2−55]かく宣まへばやや暫し、イワンは刑を打ち案じ、思案にくれてゐたりしが、やがて答へて申すやう、※[#始め二重括弧、1−2−54]実《げ》にやこれなる悪人は、いと大いなる害毒をわれに与へし痴者《しれもの》なり。ユダの如く友を裏切り、公明なるわが一門と、地上におけるわが子孫を絶やしたり。公明なる一門と、子孫を欠きし人間は、恰かも空しく地に落ちて、地中に滅びし麦粒の如く、絶えて芽生えることもなく――打ち棄てられしその種子に、心づくもの更になし。
        ☆
※[#始め二重括弧、1−2−54]神よ、然らばかく裁き給へ、残らず彼の子孫をば、地上に於いて不幸になし、最後の後裔《もの》を現世《うつしよ》にて、未だ曾て類ひなき極悪人たらしめて、彼の重ねる悪業の、一つ一つに先祖《さきおや》の亡霊どもが棺《ひつぎ》の中で安息を掻き乱され、娑婆では知られぬ苦悩を忍び、墓の中より起きあがる! されどユダなるペトゥローのみは、起きあがるべき力もなく、ためにひときは堪へ難き、業苦を嘗めて物狂ほしく、土を噛みつつ地の下で※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]き狂ふに委すべし!
        ☆
※[#始め二重括弧、1−2−54]やがてそやつが悪業の、最後の時の到
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