他国人のことを、それが仏蘭西人であらうと伊太利人であらうと乃至は瑞典人であらうと、総て一様に独逸人と呼んだものである。(蜜蜂飼註)
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 この間にも悪魔はだんだん月の傍へ忍び寄つて、今にも手を差しのべてそれを掴まうとしたが、急に手をひくと、火傷でもしたやうに指を舐めて、足をバタバタさせた。今度は反対側から飛びかかつたが、又もや飛びのいて手を引つこめた。だが、再度の失敗にもめげず、狡獪な悪魔はその悪戯《いたづら》をやめなかつた。やがて、不意に駈けよりざま、彼は両手で月を掴んだ。そして、ちやうど百姓が煙草を吸ひつけようとして素手で燠《おき》を持つた時のやうに渋面を作つてフウフウ息を吹きかけながら、月をこちらの手からあちらの手へと持ち換へ持ち換へしてゐたが、しまひに大急ぎで衣嚢《かくし》の中へ押しこむと、もう何事もなかつたやうな顔で、さきへ駈け去つてしまつた。
 悪魔が月を隠したなどとは、ディカーニカでは誰ひとり知る者がなかつた。尤も郡書記が酒場から四つん這ひになつて這ひだしながら、月が空で矢鱈に踊つてゐるのを見かけたので、そのことを村中の者に誓ひを立てて言い張つたけれ
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