つぱれな仕事ぢや!」と、猊下は扉や窓を眺めまはしながら言はれた。その窓はどの窓も、ぐるりに赤い色の縁がとつてあり、扉といふ扉には一面に煙管を銜へて馬に跨がつた哥薩克の姿が描いてあつた。
しかし猊下は、ワクーラがいつも寺の懺悔式に神妙につらなり、また、左側の頌歌席をば無料で緑色の地に赤い花模様を出して塗りあげたことを聞き知られた時には、更に更に賞讚の辞を吝まれなかつた。
だが、そればかりではなかつた。ワクーラは会堂へ入つたところの側壁《わきかべ》に、地獄における悪魔の絵を描いた。それが如何にも気味の悪い姿だつたため、そのわきを通る時には誰でも、ペッと唾を吐いたくらゐであつた。で、女房どもは抱いてゐる赤ん坊が泣き止まないやうな時には、すぐに子供をその絵の傍へつれて行つて、『そうら御覧、あんな怖い鬼が描いてあるだよ!』と言ふのだつた。すると子供は涙を抑へてその絵を横目で眺めながら、母親の胸へ躯《からだ》を擦りつけるやうにしたものである。
[#地から2字上げ]――一八三〇年――
底本:「ディカーニカ近郷夜話 後篇」岩波文庫、岩波書店
1937(昭和12)年9月15日第1刷発行
1994(平成6)年10月6日第7刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本の中扉には「ディカーニカ近郷夜話 後篇」の表記の左下に「蜜蜂飼ルードゥイ・パニコー著はすところの物語集」と小書きされています。
※「灯」と「燈」、「糸」と「絲」は新旧関係にあるので「灯」「糸」に書き替えるべきですが、底本で混在していましたので底本通りにしました。
※「★」は自注(蜜蜂飼註)記号、「*」は訳注記号です。底本では、直後の文字の右横に、ルビのように付いています。
入力:oterudon
校正:伊藤時也
2009年8月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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