いや、まつたく世の中に名士つてえ奴くらゐ始末の悪いものはない。あの男の叔父とかが、なんでも警視か何かを勤めてゐたことがあるつてえのでな、それで先生、いやにお高くとまつてゐくさるのぢや。警視といへば世の中にこれほど偉いものはない高位高官だとでも思つてゐるのかい? お蔭さまで、警視なんかより、もつともつと偉いものが幾らでもありまさあね。いんにや、わしにはかういふ名士つてえ奴がどうも気に食はん。たとへばあのフォマ・グリゴーリエ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチを御覧《ごらう》じろ、どれだけ有名な人といふでもないけれど、あの人をよく見ると、顔に何処となく、どつしりした威厳が具はつてをる――あの人が、なんでもない普通《なみ》の嗅煙草を嗅ぎ始める様子を見ても、自然と頭が下るやうな人徳といふものが窺はれるのぢや。会堂であの人が頌歌席に立つて讚美歌を唱ひ出すといふと、なんとも名状しがたい感動に打たれてしまふ! まるで、躯《からだ》ぢゆうがとろけてしまふやうな気持ぢや!……ところが、あの……いや、彼奴《あいつ》のことなんざあ、どうだつていい! 奴さん、自分の話が入らなくつちやあ、二進も三進もゆ
前へ 次へ
全9ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング