できますよ。あまり高いことさえおっしゃらなければ、手前が頂戴してもいいんですがね。」
「いんにゃ、駄目です! 幾らになっても売るもんですか!」と、コワリョーフ少佐は自棄《やけ》に呶鳴った。「腐っても譲りませんよ!」
「いや、失礼しました!」と、医者は暇《いとま》を告げながら言った。「何とかお役にたちたいと思ったのですが……。是非もありません! でもまあ、手前の骨折りだけは見ていただきましたから。」こう言うと、医者は堂々とした上品な態度で部屋を出て行った。コワリョーフは相手の顔色にさえ気もつかず、恐ろしく茫然としたまま、わずかに医者の黒い燕尾服の袖口からのぞいていた雪のように白い清潔なワイシャツのカフスを眼に留めただけであった。
そのすぐ翌る日、彼は告訴するに先だって、佐官夫人に手紙を出して、夫人が彼に当然返すべきものを文句なしに返してくれるかどうか一応問い合わせて見ることに肚をきめた。その内容はつぎのようなものであった。
[#ここから1字下げ]
拝啓
貴女のとられたる奇怪な行動は近頃もって了解に苦しむところに御座候。かような振舞によって貴女は何ら得られるところとて之無《これな》
前へ
次へ
全58ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ゴーゴリ ニコライ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング