……。わたしはもう、あの人たちの前へ顔出しすることもできません!」
 係員は何か思案をめぐらすように、きっと唇をひきしめた。
「いや、そういう広告を新聞に掲載する訳にはまいりません。」と、しばらく黙っていた後、やっと彼が言った。
「どうして? なぜですか?」
「どうしてもこうもありません。新聞の信用にかかわります。人の鼻が逃げ出したなんてことを書こうものなら……。すぐに、あの新聞は荒唐無稽な与太ばかり載《の》せると言われますからね。」
「でも、この事件のどこに荒唐無稽なところがありますか? ちっともそんな点はないと思いますが。」
「そう思えるのは、あなたにだけですよ。先週もそんなようなことがありましたっけ。さる官吏の方がちょうど今あなたがおいでになっているように、ここへやって来られましてね、原稿を示されるのです。料金を計算すると二ルーブルと七十三カペイカになりましたが、その広告というのが、何でも黒毛の尨犬《むくいぬ》に逃げられたというだけのことなんで。別に何でもないようですが、じつはそれが誹謗でしてね、尨犬というのはその実、何でもよくは憶えていませんが、さる役所の会計係のことだったのです。」
「何もわたしは尨犬の広告をお頼みしているのではありません、わたし自身の鼻のことなんですよ。ですから、つまり自分自身のことも同然です。」
「いや、そういう広告は絶対に掲載できません。」
「だって、わたしの鼻はほんとに無くなっているのですよ!」
「鼻が無くなったのなら、それは医者の繩張ですよ。何でも、お好みしだいにどんな鼻でもくっつけてくれるというじゃありませんか。それはそうと、お見受けしたところ、あなたはひょうきんな方で、人前で冗談をいうのがお好きなんでしょう。」
「冗談どころか、神かけて真剣な話です! よろしい、もうこうなれば仕方がない、じゃあ、ひとつお目にかけましょう!」
「なに、それには及びませんよ!」と、係員は嗅ぎ煙草を一服やりながら言葉をつづけた。「しかしお差支えがなかったら、」と、好奇心を動かしながらつけ加えた。「ひとつ拝見したいもんですなあ。」
 八等官は顔のハンカチをのけた。
「なるほど、これは奇態ですなあ!」と、係員が言った。「跡が、まるで焼きたてのパン・ケーキみたいにつるつるしてますねえ。よくもまあ、こんなに平べったくなったもので!」
「さあ、これでもまだ文句
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