か、こんなことを言っている。
「ね、旦那、その狆《ちん》ころといえば、十カペイカ銀貨八枚の値打もない代物ですよ、もっともわっしなら二カペイカ銅貨八枚も出しゃしませんがね、そいつを伯爵夫人の可愛がりようといったら、それあ大変なものでしてね、その小犬を探し出してくれた人には、お礼に大枚百ルーブルだすというのですよ! まったくのところ、現にわっしと旦那とだってそうですが、人間の好き嫌いって奴は実に様々なものですねえ。好きとなったが最後、ポインターだのプードルだのという犬を飼って、五百ルーブルでも千ルーブルでも気前よく投げ出す人がありますが、その代り犬も上物でなけあね。」
 分別くさい係員は大真面目な顔つきで聴き耳を立てながら、それと同時に、提出された原稿の文字が幾字あるかを勘定していた。あたりには皆それぞれ書付を手にした、老婆だの、手代だの、門番だのといった連中が多勢立っていた。その書付には、品行方正なる馭者、雇われたしというのもあれば、一八一四年パリより購入、まだ新品同様の軽馬車、売りたしというのもある。そうかと思うと、洗濯業の経験あり、他の業務にも向く十九歳の女中、雇われたしとか、堅牢な馬車、但し弾機《ばね》一個不足とか、生後十七年、灰色の斑《ぶち》ある若き悍馬《かんば》とか、ロンドンより新荷着、蕪《かぶ》および大根の種子とか、設備完全の別荘、厩《うまや》二棟ならびに素晴しき白樺または樅《もみ》の植込となし得る地所つきといったものも見受けられ、また、古靴底の買手募集、毎晩八時より午前三時まで競売というようなのもあった。すべてこうした連中の押しかけていた部屋は手狭であったため、室内の空気がひどく濁っていた。けれど、八等官のコワリョーフはその臭いさえ感じなかった。というのは、ハンカチを当てていたからでもあるが、第一、肝腎の鼻そのものが、一体どこへ行ったのやら皆目わからない為体《ていたらく》であったからである。
「時に、ぜひひとつお願いしたいのですが……非常に緊急な用事なんでして。」と、とうとう我慢がならなくなって、彼は口を切った。
「はい只今、只今……。二ルーブルと四十三カペイカ也と……。只今すぐですよ!……一ルーブル六十四カペイカ也と!」そう言いながら白髪の紳士は、老婆や門番連の眼の前へ書付を投げ出しておいて、「ところで貴方の御用は?」と、ようやくコワリョーフの方を向い
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