うか? おれは何ひとつ持つてやしない。これではもうもうとても堪らん、かう酷い目にあはされては我慢が出來ん。頭がかつと燃えるやうで、眼の前の物がぐるぐる※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]る。助けてくれい! 連れてつてくれい! 疾風《はやて》のやうによく走る三頭立の馬をつけてくれい! さあさ馭者も乘つたり、鈴も鳴れ、馬も元氣に跳ねあがり、世界の果てまで連れ出してくれ! 何もかも見えなくなるまでどんどん走れ。さあさ、もつと遠くへとつとと駈けろ。あれあれ、空があすこへ舞ひあがり、遠くの方では星がきらきら光つてる。森が黒い樹と飛びや月も走る。足もとには銀鼠の霧が棚びき、霧の中では絃の音《ね》がする。片方には海がひろがり、片方には伊太利が見える。あれ、向ふの方に露西亞の百姓家が見えてゐる。あの青ずんで見えるのはおれの生家《うち》ではないか? 窓に坐つてゐるのはお袋ではないか? お母さん、この哀れな伜を助けて下さい! 惱める頭にせめて涙でも一|滴《しづ》くそそいで下さい! これ、このやうに酷《むご》い目にあはされてゐるのです! その胸に可哀さうなこの孤兒《みなしご》を抱きしめて下さい
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