あまりの痛さに危《あぶ》なく悲鳴をあげるところだつたが、いやいや、西班牙といふ國には今だに騎士道が行はれてゐるのだから、屹度これは至高の位に登る際に受ける騎士の作法に違ひないと思つて、じつと押しこらへた。一人になると、おれは政務を親裁することにした。ふと發見したことだが、支那と西班牙とはまつたく同國なのに無學なばかりに誰でもそれを別々の國のやうに思つてゐるのだ。論より證據、紙の上に西班牙と書いてみるがよい――西班牙と書いたのが、いつの間にやら支那となつてゐるから。だが、それよりも明日に迫つてゐる大事件が頭痛の種だ。明日の七時に奇怪な現象が起る――地球が月に乘つかかるのだ。これに就いては既に英吉利の有名な科學者ウエリントンも書いてゐる。まつたくの話が、おれは月の至つて軟らかで脆いことを想像すると、ほんとに心配で心配でたまらない。大抵、月は漢堡《ハンブルグ》でこしらへてゐるが、どうも出來がよくない。英吉利がそれに目をつけないのがおれには不思議でならん。跛《びつこ》の桶屋が拵らへてゐるのだが、こいつが馬鹿で、てんで月に就いての知識を辨まへてゐないらしい。材料に樹脂《やに》をひいた綱を用ひ、木
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