ただけだ――卿《そもじ》は思ひもかけぬ幸福《しあはせ》な身になれますぞ、そして邪魔だてをする惡人どもがどのやうによからぬことを企らまうとも必ず末は妹と背ぢや。――これ以上は何も言ふまいと思つて、おれはそのまま外へ飛び出してしまつた。それにしても、女といふ奴は油斷のならぬ代物だわい! おれは今、やつと女の正體を突きとめたぞ。まだ今日まで只の一人も、女がぞつこん血道をあげる相手は何ものか、はつきり見拔くだけの炯眼の士がなかつた――初めてそれを發見したのはおれだ。女が血道をあげる相手は惡魔なんだ。いや、決して冗談ぢやない。物理學者は、ああだかうだと愚にもつかぬことを鹿爪らしく書いてゐるけれど――女の惚れる相手は惡魔きりだ。そうら、あの第一列のボックスから一人の女が柄附眼鏡《ロルネット》を向けてゐるでせう。あれは大方、あの勳章をさげた肥大漢《ふとつちよ》を見てゐるのだとお考へになるでせう? ところが大違ひで、あの女は肥大漢《ふとつちよ》の後ろに立つてゐる惡魔を見てゐるのです。おや、惡魔めがあの男の燕尾服の中へ隱れをつた。ほら、あすこから指で女においでおいでをしてやがる! あれで女はみすみす、あ
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