これがどうして、何か頼みこんで來る請願人と見れば、きれいに剥いて襯衣一枚にしてしまふのだ。尤もその代りこちとらの勤めむきは上品なもので、萬事にかけて清潔なことは金輪際、縣廳などでは見られたものでなく、卓子《テーブル》は桃花心木《マホガニイ》製だし、上役だつてみんな、『あなた』言葉だ……。まつたく正直なところ、勤めでもこのとほり上品でなかつたら、おれはとつくの昔に役所なんか退いてしまつてゐるんだが。
 おれは古いマントを着て洋傘《かさ》をさした。何しろ、ひどい土砂降りなんだ。街には人つ子ひとり通つてゐない。ときたま眼につくのは、着物の裾をまくりあげて頭からかぶつた女房《かみさん》か、洋傘《かさ》をさした小商人か、使丁ぐらゐが關の山だ。高等な人間では、わづかにこちとら仲間の官吏を一人見かけた位のものだ。その男には四つ辻で出會つたのだが、おれはその男を見ると直ぐにかう獨り呟やいたものだ。『へつ! 措きやあがれ、あん畜生、役所へ行くやうな振りをして、その實あすこへ駈けてゆく女の子の後を追つて、あの娘《こ》のおみあし拜見といふ下心なんだ。』どうしてわれわれ役人仲間はかう不良ばかりだらう! まつた
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