あの白髮頭の惡魔め、前借なんぞさせることぢやない。そのくせ自宅《うち》では自分とこの料理女に頬桁を叩かれてゐくさるのだ。それはもう世間で誰ひとり知らぬものがない。まつたく本局勤めなんてどこが好いだらう――うまい儲け口なんか一つとしてありやしない。そこへいくと、縣廳だの、區役所だの、支金庫だのになるとがらりと樣子が變つて來る。例へば、隅つこの方にちぢこまるやうにして、何か書きものをしてゐる穢《むさ》い安フロックにくるまつた先生だが、その御面相を見れば唾でもひつかけてやりたいくらゐだが、どうしてどうして、あれで素晴らしい別莊を借りたりしてゐるのだ! こんな先生のところへ金ぴかの陶磁器の茶碗なんぞ持つて行くものではない。『これあ、まるで竹庵先生への手土産だね。』と仰つしやる。まあ持つて行くなら、※[#「足へん+鉋のつくり」、第3水準1−92−34]馬を二頭とか、彈機附馬車を一臺とか、それとも三百|留《ルーブリ》もする獵虎の毛皮でも仕入れて行くことだ。見かけは實に物靜かで口のきき方なども誠にやさしく、『鵞筆《ペン》を削るナイフをちよつと拜借いたしたいのでございますが。』などといふ調子なんだが、
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