とつ知りたいものだて。かういふ方たちの生活や、あのさつぱり譯の分らぬ繁文褥禮や、宮中むきの作法などを、まのあたり覗いてみたいものだ。いつたい御自分たちのあひだで不斷どんなことをしたり言つたりしていらつしやるのか――そいつがおれには知りたいのだ! おれは何遍も閣下に話しかけてみようと思つたことはあるのだけれど、ただ忌々しいことには、舌めがどうにも言ふことを聽きをらん。戸外《そと》はお寒うございますとか、お暖かでございますとだけは言へても、それから先きが頓とつづかないのだ。客間も覗いて見たいのだけれど、ただ時たま扉があいてゐることがあるだけで、客間のむかふにもまだ一つお部屋があるやうだ。いやはや、何といふ豪勢な飾りつけだらう! 鏡にしても陶磁器にしても、素晴らしいものばかりだ! 令孃のお居間になつてゐる、あの奧のお部屋――おれは、あれが覗いて見たいのだ! 奧の婦人室、そこには屹度いろんな小瓶だの玻璃器だのが並べてあるだらうし、息をかけるのも氣がとがめるやうな花などもあるだらうし、また、そこにはあの方の衣裳なども脱ぎすててあつて、それが衣裳といふよりは空氣みたいにふんはりと散らばつてゐることだらう。寢室も覗いて見たい……そこは屹度、不思議の國だ、いや、天國にだつてないやうな樂園に違ひないと思ふ。あの方が臥所《ふしど》からお起きになつて、雪のやうに白い靴下をお穿きになるため、あの可愛らしいおみ足をおのせになる足臺も見たい……。おつと、いけない! いけない! いけない! 何も言ふまいぞ……内證々々。
だが今日は、あのネフスキイ街で耳にはさんだ、くだんの小犬の立話を思ひ出したので、急に夜が明けたやうな氣持になつた。『ようし、』と、おれは心にうなづいた。『今こそ何もかも突きとめてくれるぞ。それには先づ第一に、あのやくざな犬どもが取り交はしたといふ手紙を押收しなければならない。それさへ見れば、何か手がかりを掴むことが出來よう。』ありやうを言へばおれは一度メッヂイを手もとへ呼んで、奴にかう言はうとしたのだ。『なあ、メッヂイや、そらかうして今はおれとお前と二人きりだが、それでもまだ氣づかひなら、扉を閉めもしようさ、さうすれあ誰にも見つかりつこないといふものだよ。そこで一つ、お孃さんのことでお前が知つてることを洗ひざらひ何もかもぶちまけて話して呉れないか――一體お孃さんはどんな樣子で、何をしてござるんだい? おれは誓つて、他人に洩らしはしないからね。』つてさ。ところが狡い犬ころめ、尻尾を捲いて、いやに身を縮こめやがつて、何も聞えないやうな振りをして、こそこそと部屋を出て行つてしまつた。おれは疾うから、犬といふ奴は人間よりぐつと賢いものだと思つてゐた。そればかりか、物をいふことだつて出來るやうだが、ただどうも、かう、片意地なところがあるらしい。あれでなかなかの策士で、なんでも見てとり、人間の技巧《トリック》などはちやんと見拔いてしまふ。いや、明日はどんなことがあつてもズヴェルコフの持家へ出向いて、フィデリをとつちめて、まんがよければ、メッヂイの書いた手紙を殘らず押收してこまさにやならん。
十一月十二日
なんでもかんでもけふはフィデリに會つて詰問してやらねばと、午後の二時に家を出た。おれには甘藍《キャベツ》といふやつがどうにも鼻もちがならぬのに、メシチャンスカヤ街の小つぽけな店といふ店から、あれの臭ひがぷんぷんとするのだ。搗てて加へて、どの家の門口《かどぐち》からもおつそろしく不快《いや》な惡臭が流れて來るので、おれは鼻を押へて大急ぎに駈け拔けた。それに下賤な職人どもめがやたらにてんでの仕事場から煤や煙を吐き出させくさるので、上品な人間にはとてもこの邊を散歩するなんて氣持にはなれない。こつそり例の六階へ登つて、おれが呼鈴をならすと、ちよつと雀斑のある、大して見苦しくもない娘つ子が顏をだした。よく見れば、いつかお婆さんと一緒に歩いてゐた例の娘なんだ。それがぽつと顏を赧らめたので、へつ、こいつ、もう男がほしいんだなと、おれはすぐに見てとつた。『なんの御用ですかしら?』とおいでなすつたから、『實は、こちらのお飼犬にちよつと話がありましてね。』と言つてやつた。ところが、てつきりこの娘は馬鹿に違ひない! おれには馬鹿だつてことが直ぐにわかつた! そこへ、くだんの小犬の奴がワンワン吠えながら駈けつけたから、おれはそいつを取つつかまへようとしたのだが、畜生め、すんでのことにおれの鼻へ咬みつきくさるところだつた。だが、おれは逸はやく、部屋の隅つこに奴の寢箱のあるのに氣がついた。これだ、おれに用のあるのはこれなんだ! 早速それに近づいて箱の中の敷藁をひつ掻きまはすと、やれやれ嬉しや、出て來たのは小さな紙束だ。畜生犬め、それと見るなり、初めはおれの脹脛《ふくら
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