前にいるのが誰だか分っとるのか?」というきまり文句を、以前ほどは浴びせなくなった。もし浴びせたにしても、それはまず、事の顛末をいちおう聴取してからであった。ところが、それ以上に顕著な事実は、それ以来ふっつりと、かの役人の幽霊が姿を現わさなくなったことである。おそらく勅任官の外套が彼の肩にぴったり合ったためであろう。少くとも、外套を剥ぎ取られたなどという噂は爾来どこへ行っても聞かれなかった。それでも、多くのまめで、苦労性な連中はいっかな心を落ちつけようとしないで、まだ都のどこか遠くの方角で官吏の幽霊が出るなどと噂していた。それに事実コロームナのある巡査はまぎれもない自分の眼で、一軒の家の蔭から亡霊の現われるところを目撃したのである。しかし、その巡査は生まれつき虚弱なほうで――ある時など、どこかの民家から飛び出してきた何でもない一頭の、よく肥った子豚に突き倒されて、あたりに居あわせた辻馬車屋たちの哄笑を買い、その揶揄を咎めて、その連中から二カペイカずつの煙草銭をせしめたほどであった。――それくらい虚弱な男だったから、彼は強《し》いて幽霊を引き留めようともしないで、そのまま暗がりの中を尾行し
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