それを防ぐためにあくせくしなければならなかった。突然、有力者は誰かにむんずとばかり襟髪を掴まれたように感じた。思わず振り返って見ると、そこにいるのは、ぼろぼろの古ぼけた制服を身につけた背の低い男で、それがアカーキイ・アカーキエウィッチであることを認めて彼はぎょっとした。役人の顔は雪のように青ざめて完全に死人の相を現わしていた。しかし、有力者の恐怖がその極点に達したのは、死人が口を歪めて、すさまじくも墓場の臭いを彼の顔へ吹きかけながら、つぎのような言葉を発した時である。「ああ、とうとう今度は貴様だな! いよいよ貴様の、この、襟首をおさえたぞ! おれには貴様の外套が要るんだ! 貴様はおれの外套の世話をするどころか、かえって叱り飛ばしやがって。――さあ、今度こそ、自分のをこっちへよこせ!」哀れな有力者はほとんど生きた心地もなかった。彼が役所で、総じて下僚の前で、どんなに毅然としていて、その雄々しい姿や風采に接する者が等しく「まあ、何という立派な人柄だろう!」と感嘆していたにもせよ、今ここでは、ざらにある、見かけだけはいかにも勇壮らしい人々のように、非常な恐怖を覚えて、自分は何かの病気の発作に
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