全部が全部、絹糸を使って、縫目を細かく二重にして縫ってから、ペトローヴィッチは縫目という縫目に自分の口でさまざまの歯型を刻みつけながら、緊め固めたほどであるから。それは……いつの幾日であったか、しかとは言いかねるが、ペトローヴィッチがついに外套を届けに来た日は、恐らくアカーキイ・アカーキエウィッチの生涯においていやが上にもおごそかな日であったに違いない。それを持って来たのは、朝早く、ちょうど役所へ出かけなければならない、出勤まぎわの時刻であった。これほど誂《あつ》らえ向きな時に外套が届けられるということは、ちょっとほかにはあり得ないことだろう。というのはもうかなり厳しい凍寒《いて》が襲来して、しかもそれがいよいよはなはだしくなりそうな脅威を感じさせていたからである。ペトローヴィッチは、さもひとかどの裁縫師らしく、外套を抱えてやって来た。彼の顔には、これまでアカーキイ・アカーキエウィッチがついぞ一度も見たことのないもったいらしい表情が浮かんでいた。どうやら彼は、自分が仕上げたのはささやかな仕事ではなく、いつもせいぜい裏をかえたり、繕ろい仕事ぐらいよりしていない仕立屋と、新しいものを仕立て
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