しばしば【その、じつは、まったくその……】といったような言葉で話をきり出しておいて、それっきり何も言わないくせに、自分ではもう何もかも話したつもりで、あとはすっかり忘れてしまうようなことが時々あった。
「何でござんすかね?」ペトローヴィッチはそう言うと同時に、その一つきりの眼で相手の制服を残るくまなく、襟から袖口、背中から、裾《すそ》やボタン穴にいたるまで、しげしげと眺めまわしたが、それは彼自身の手がけたものだけに、一から十まで知りつくしていたのである――もっともこれは仕立屋仲間の習慣《ならわし》で、人に出会うとまず第一にやる癖でもあった。
「いや、実はその、何だよ、ペトローヴィッチ……外套だがね、ラシャは……そら、ほかのところはどこもかも、まだまったく丈夫で……少々ほこりによごれて、古そうには見えるが、新しいんでね、ただほんのひとところ少し、その……背中と、それにほら、こちらの肩のところがちょっぴり擦り切れて、それから、こっちの肩のところもちょっと……ね、わかったろう? それっきりのことなんだよ。大して手間ひまのかかる仕事じゃない……」
 ペトローヴィッチは例の【半纏《はんてん》】を
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