かれなしに人の顔さへ見ればきまつて、それを見わけてくれればよし、さもなければ水の中へ曳きずりこむからと言つて嚇すのださうだよ。老人《としより》たちが語りつたへてゐる話といふのは、ざつとこのとほりだよ、ハーリャ!……今あすこを持つてゐる旦那は、あの敷地へ酒倉を建てようともくろんで、わざわざそのために酒男がこちらへ来てゐるんだ……。おや、話声がして来たよ。みんなが歌をおしまひにして帰つて来たんだな。では、さやうなら、ハーリャ! 静かにお寝み、そして、あんな女房《かみさん》連の作りばなしなんか気に懸けるんぢやないよ。」
 さう言ふと彼は、娘をしかと抱きしめて、接吻をしておいて立ち去つた。
「さやうなら、レヴコー!」ハンナは、もの思はしげに暗い森の方を見つめながら言つた。
 大きい、火のやうな月が、この時、おごそかに地平線のうしろから顔をのぞけた。まだ、した半分は地平にかくれてゐるが、もう下界は隈なく、一種荘厳な光輝に満たされた。池の水の面はキラキラと揺めいた。木立の影が小暗い青草のうへにくつきりと描きだされた。
「おやすみ、ハンナ!」さういふ声がうしろで聞えると同時に、彼女は接吻されてゐた。
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