匹、いつの間にか彼女の身辺へ忍び寄らうとしてゐるのさ。その毛は火のやうに光り、鉄のやうな爪で床を掻く音がバリバリと聞える。ぎよつと胆をつぶした娘は、咄嗟に腰掛の上へ飛びあがつた――すると猫もその後を追つて来る。娘は寝棚《レジャンカ》の上へ飛びあがつた――と、猫もそこへ飛びあがつて、いきなり、娘の頸へ掴みかかつて咽喉を絞めようとする。娘は悲鳴をあげながら、猫をもぎはなしざま、床へ投げつけた。だが又しても、この物凄い猫は立ちむかつて来る。娘は無性に口惜しくなつた。壁に父親の長劒《サーベル》が懸つてゐた。それをおつとりざま床をめがけて擲げおろした――と、鉄の爪をもつた前足を片方斬りおとされた猫は、ぎやつと叫ぶなり、部屋の隅の闇がりのなかへ姿を掻き消してしまつた。その翌る日、一日ぢゆう若い奥方は自分の居間から出て来なかつた。三日めに姿を見せた彼女の片手には繃帯が巻かれてゐた。可哀さうな令嬢《パンノチカ》は自分の継母が妖女《ウェーヂマ》であつたことと、自分がその片手を斬りおとしたことをさとつた。四日めから百人長《ソートニック》の娘は、卑しい百姓娘と同じやうに、水汲みやら家のはき掃除に追ひ使はれて
前へ 次へ
全74ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ゴーゴリ ニコライ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング