するのが、どうも変だと思つたて。ようし、待つてろよ、老いぼれめ、今に若い娘つ子の家の窓下へはどんな風にして忍びこむものか、このおれが教へてやらあ、どんな風にして他人《ひと》のいろごとの邪魔をするものかつてこともさ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]――「おうい、みんなこつちへ来い、こつちへ!」と、またもやひとつところへ寄りかたまつた若者たちにむかつて手を振りながら彼は叫んだ。「さあ、ここへ来いよ! おらあ先刻《さつき》は君たちに帰つて寝ろなんつて言つたつけが、また思ひ直したから、夜つぴてだつて君たちと騒ぎまはるぜ。」
「そいつあ素敵だぞ!」と、村一番の惰け者で札つきの不良として知られた、肩幅の広い、ずんぐりした若者が答へた。「おらあ何時でも思ひきり騒いだり悪戯《わるさ》の出来なかつた時にやあ、なんだか胸がつかへたやうで気持が悪いんだよ。まるで、帽子か煙管《パイプ》でもおつことしたやうな、いやに間の抜けた気持なのさ。つまり哥薩克でねえやうな気がするつて訳さ。」
「どうだい、今夜はひとつ、あの村長をうまく取つちめてやらうと思ふんだが?」
「村長を?」
「うん、村長をさ。まつたく奴あ、なんと思つてやあがるんだらう? まるで総帥《ゲトマン》かなんぞのやうにおれたちを顎で指図しやあがる。奴隷のやうにこきつかふのはまだしも、おいらの娘つ子を口説きやあがるでねえか。恐らく村ぢゆうに、渋皮の剥《む》けた娘つ子で、あの村長に尻を追つかけまはされねえのは、一人もあるめえぜ。」
「それあ、まつたくだよ、まつたくだよ!」と若者たちは異口同音に喚きだした。
「なあ兄弟、おれたちは何も奴隷ぢやあるまい? 村長とおんなじ生れぢやあねえか? おいらたちは、これでも有難えことに自由の哥薩克だぜ! なあ兄弟、おれたちが自由の哥薩克だつてえ意気を奴に見せてやらうぢやねえか!」
「見せてやらうとも!」と、若者たちは叫んだ。「ところで村長といへば、あの助役も見逃しにやあ、出来ねえぜ!」
「助役だつて見逃すこつちやねえさ! そこで、おれの頭んなかにあ、村長をからかつた素敵な唄が、ちやんとお誂らへむきに出来あがつてるんだ。さあ行かう、そいつをみんなに教へてやるよ。」かう、レヴコーはバンドゥーラの絃を手で掻き鳴らしながらつづけた。「それからなあみんな、めいめい思ひ思ひに変装をして呉んねえか!」
「さあさ、哥薩克、浮かれよ騒げよだ!」と、例のずんぐりしたおつちよこちよいが、足拍子を取つて手を拍ちながら言つた。「なんて豪気だ! なんて自由だ! 乱痴気さわぎが始まるてえと、遠い昔に返つたやうだぞ。胸がせいせいして、気持がよくつて、心はまるで天国にゐるやうだ。そうら、みんな、浮かれた浮かれた!」
かうして若者たちの一団は騒々しく往還を突進して行つた。その喚き声に夢を醒された信心ぶかい老婆たちは、小窓の戸をあげて、眠さうな手つきで十字を切りながら、『また、若い衆たちが巫山戯まはつてゐるさうな!』と呟やくのだつた。
四 若者たちの騒擾
往還のはづれにただ一軒きり、まだ灯影のさしてゐる家があつた。それが、村長の住ひである。村長はもうとつくに夕餉をすましてゐたから、平素《いつも》ならてつきり遠の昔に寝こんでゐる時分であつたが、ちやうど今、自由哥薩克のあひだに手頃な地所をもつてゐる地主が酒蒸溜場《さかこしば》を建てるためによこしてゐる蒸溜人《こして》が彼のところへお客に来てゐたのだ。客は聖像したの上座に坐つてゐた――それは肥《ふと》つた背の低い男で、燃えきつて灰になつた煙草がぼろぼろ転げ出るのを指でおさへおさへ、ひつきりなしに唾を吐きちらしながら、短かい煙管《パイプ》をスパスパ吸ふのが、いかにも満足らしく、絶えず眼をにこにこさせてゐる。雲のやうな煙が忽ち彼の頭のうへにひろがつて、鳩羽いろの靄が彼をつつんでしまつた。その様子が、どこかの酒蒸溜場《さかこしば》の大煙突が屋根のうへにのつかつてゐるのに退屈して、のこのこと村長の家へやつて来て、卓子のまへに容態ぶつて坐りこんだといつた恰好である。その鼻の下に濃い短かい髭がツクツクと突き出てゐるのが、煙草の煙をとほして朦朧と見え隠れするので、この蒸溜人《こして》は納屋の猫の縄張りを侵して、※[#「鼬」の「由」に代えて「奚」、第4水準2−94−69]鼠《はつかねずみ》をとつて口に銜へてゐるのではないかとも思はれる。村長は主人《あるじ》らしく、ルバーシュカひとつにリンネルの寛袴《シャロワールイ》といつた服装で座についてゐる。彼の鷲のやうな独眼は、ちやうど春づきかかつた夕陽のやうに、だんだん細くなつて視覚がぼやけはじめる。卓子のはじには村長の与党の一人である村役人が、主人に対する敬意から長上衣《スヰートカ》を一著に及んで、煙管をスパスパや
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