頭だつた連中が酒場に集まつて、いはゆる身分相応な卓子会議を開いてゐたものでな、その卓子の真中にはかなり大きな仔羊の丸焼が置いてあつた。四方山の話がはずんで、いろいろの変化《へんげ》や奇蹟のことも話題にのぼつた。と不意に――それも誰か一人だけにさう見えたのなら、なんでもないのぢやが、正しく一同に――仔羊が頭をもたげ、その淫蕩《みだら》がましい眼《まなこ》が生き返つて爛々と輝やき出したかと思ふと、忽ちのあひだに、黒いごはごはした口髭が現はれて、一坐の連中の方へ向けてそれが意味ありげにもぐもぐと動き出したといふのぢや。一同はたちどころにその仔羊の首にバサウリュークの面相を見てとつた。祖父は今にもそいつが火酒《ウォツカ》をねだるのではないかと思つたさうぢや……。そこで堅気な老人連は、矢庭に帽子を掴みざま我が家をさして、先きを争つて逃げ帰つてしまつたとのこと。又これは別の話ぢやが、先祖から伝はつた酒杯《さかづき》を相手に、時をり管を巻くことの好きな寺名主が、ある時チビリチビリやりだして、まだ二杯とは傾けんのに、ふと見ると、その酒杯がこちらを向いてこつくりこつくりお辞儀をしてゐる。『ちえつ、勝手にしやあがれ!』つてんで、十字を切るより他はなかつたといふ!……ところがその女房にもやはり変なことがあつた。彼女が大きな桶で、捏粉《ねりこ》をこねにかかるとな、不意にその桶が踊りだしたのぢや。『これ、待て待て!』と呼んでも、いかなこと! 勿体らしく両手を脇にかつて、しやがみ踊りをやりながら、家の中ぢゆう踊りまはるのぢや……。お笑ひなさるが、祖父たちにはなかなかどうして、笑ひごとどころではなかつたのぢや。アファナーシイ神父が、村ぢゆうをまはつて、往還といふ往還に聖水《おみづ》を撒き、*灌水刷《クロピール》で悪魔ばらひをして歩いたけれど、なんの役にも立たなかつた。依然として長いあひだ亡き祖父の叔母は、夕方になると誰だか屋根を叩いたり壁をひつかくといつて、こぼしたものぢや。
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灌水刷《クロピール》 毛の長い、筆の形をした刷毛で、これに聖水を浸して人や物に撒りかける。
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 まだそれだけぢやない! 現在この村になつてをる土地は、まつたく平穏無事のやうぢやけれど、まだそんなに遠い昔のことでもないから、亡きわしの父はもとより、わし自身、
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