の花をひつたくると、身をかがめて長いあひだそれに怪しげな水をふりかけながら、何か口のなかで呪文を呟やいてゐた。その口からは火花が飛び、唇にはぶくぶくと泡が吹きだした。『投げな!』と、老婆は花を彼に返しながら、言つた。ペトゥローがそれを投げた。と、なんと不思議なこともあるもので、花はまつすぐに地面へは落ちないで、しばらくのあひだ、闇のなかにまるで火の球のやうに浮いたまま、小舟かなんぞのやうに空中を漂つてゐたが、やがて少しづつ低くなつて、最後にかなり遠くの方へ落ちたので、それは罌粟粒よりも小さい星のやうに、やうやくそれと見分けられるくらゐであつた。『あすこだよ!』さう、うつろな嗄がれ声で老婆がいふと、バサウリュークは犂《すき》を渡しながら、『あすこを掘るのぢや、ペトゥロー、あすこにやあな、お主やコールジュが夢にも見たことのないやうな黄金《かね》がたんまり埋まつてをるのぢや。』と告げた。ペトゥローは手に唾をして犂をとると、それをぐつと土へ踏みこんでは掘りおこし、踏みこんでは掘りかへし、何度も何度も繰りかへした……。と、何か固いものに触つた!……犂がカチつと音を立てて、もうそれ以上は通らぬ。その時、彼の眼にははつきりと、鉄板《てつ》を著せた小型の櫃がうつつた。で、彼がすんでのことに手を掛けてそれを持ちあげようとすると、櫃は地の底へずるずるとめりこんでゆくではないか。そして彼のうしろでは、どちらかといへば蛇の匍ふ音に似たやうな笑ひ声がした。『駄目なこつちやよ、お主が人間の血を手に入れるまでは、その黄金《かね》を見る訳にはいかんのぢや!』さう言つて妖女《ウェーヂマ》は、彼の前へ白い敷布《シーツ》にくるまれた六つぐらゐの子供をつれて来て、その首を刎ねよといふ相図をした。ペトゥローはその場に立ちすくんでしまつた。たとへどんなことがあらうとも、人間の、ましてや罪もない子供の首を斬り落すなどといふことがどうして出来るものか! 彼は赫つとなつて子供の頭に巻かれた敷布《シーツ》を引きはいだ。と、どうだらう? 彼の眼の前に立つてゐるのはイワーシではないか。哀れな子供はいたいけな両手を十字に組んで、頭べを垂れてゐるのであつた……。狂人のやうになつたペトゥローは、短刀を振りかぶつて妖女《ウェーヂマ》にをどりかかりざま、まさにその手を打ちおろさうとした……。
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