まれても分らないやうな真の闇だ。二人は手に手をとつて、じめじめした沼地をば、深々と生ひはびこつた荊棘《いばら》にひつ掻かれたり、殆んど一足ごとにつまづいたりしながら、前へ前へと進んで行つた。すると、やがてのことに平らなところへ出た。ペトゥローはあたりを見まはしたが、まだ一度も来た覚えのないところだつた。そこまで来るとバサウリュークは立ちどまつた。
「お主の眼の前に三つの丘があるぢやらうが? この三つの丘にいろんな草の花が咲くのぢや。だが、お主がそれを一つでも折り取るのは禁物ぢやぞ。ただ蕨に花が咲いたら、すぐさまそれを掴むのぢや、そしてお主のうしろでたとへどんなことが起らうとも、振りかへつてはならんのぢやぞ。」
ペトゥローは何か訊ねようと思つたが……見れば――バサウリュークの姿はもうそこには無かつた。彼は三つの丘の傍へ近よつた。いつたいどこに花があるのだらう? なんにも眼には見えぬ。野草があたり一面に黒々と生ひ繁つて、まるであたりを塞いでしまつてゐるばかりだ。ところが、やがてのことに天の一角で、ピカリと一つ稲妻が閃めいた。と、そのとたんに、彼の眼前には一面の花畠が現出して、どれもこれも珍らしい、つひぞ見たこともないやうな花で一杯になつた。だが、蕨はまだ、ただの葉つぱだけぢやつた。ペトゥローは肚のなかで少し怪しみながら両の手を腰につがへたまま、その前に立ちつくした。
※[#始め二重括弧、1−2−54]こんなものあ、別に珍らしくもなんともないぢやないか? 一日に十ぺんだつてこんな草なら見てゐらあな、何が不思議なもんか? あの悪魔づらめが、ひとを嘲弄《からか》ひくさるのぢやないかしらん?※[#終わり二重括弧、1−2−55]
ところが、見てゐると――小さな花の蕾が一つ、だんだん赤らんで来るではないか――さながら生きもののやうに蠢めきながら。まつたくこれは不思議だ! 蠢めきながら見る見る大きくなつて、まるで燠《おき》のやうに赤くなつた。そして小さい星がきらめくやうに火花が散つたかと思ふと何かパチつと音がした――と、彼の眼前には一輪の花がぱつと開いて、さながら火のやうにぐるりの花々を照らしてゐるのだ。
※[#始め二重括弧、1−2−54]さあ、今だ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]さう思つて、ペトゥローは片手をのばした。見れば、彼のうしろからも、やはりその花をめがけて何百と
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