んと行儀よく枝葉をそろへて、今し昇つたばかりの日輪に向つて美装を誇つてゐる時のやうに、あでやかなら、またその眉は、ちやうど当節の娘たちが、あの、箱をかついで村々を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて来る大露西亜人《モスカーリ》から、十字架につけたり、頸飾にする古銭を通すために買ふ、あの黒紐のやうに匂やかに、あだかもその明眸をさし覗くやうに、なだらかに弧を描き、小夜鳴鳥《ナイチンゲール》の唄声をもらすために造られたかとも思はれるその可憐な口許は、それを見るたんびに当時の若者どもに思はず舌舐ずりをさせたもので、烏羽玉の黒髪は若亜麻《わかあさ》のやうにしなやかに、(その頃はまだ、この辺の娘たちのあひだには、派手な色あひの美しい細リボンを編《く》みこんだ幾つもの小さい編髪にするならはしがなかつたので)房々とした捲毛が、金絲で刺繍をした波蘭婦人服《クントゥーシュ》の上へ、ゆたかに垂れてゐたさうぢや。へつ! このすつかり霜をいただいたわしが脳天《どたま》の古林と、まるで眼の上の瘤みたいに片わきに鎮坐まします山の神の婆あの前ではあるが、こんな娘を思ふ存ぶん接吻することができないほどなら、おお主よ、わしはもう頌歌席でハレルヤを唱へさせて貰ひませんでも結構ぢや。それはさて、かうして若者と娘つ子とが互ひに朝夕顔を見あはせて暮してゐた日には……それがどんな結末になるかは、火を見るより明らかな話で、まだ黎明《しののめ》の頃ほひ、赤長靴の踵鉄《そこがね》が目につけばそこには必らずピドールカが情人のペトゥルーシャと甘いささやきを交はしてゐたわけぢや。しかし、つひぞそれまでコールジュが邪慳なこころを起すやうなことはなかつたが、ある時――これこそ他ならぬ悪魔のそそのかしに違ひないのぢやが――ペトゥルーシャのやつ、碌々あたりに注意もはらはず、あとさきの考へもなしに、家の入口で哥薩克娘《カザーチカ》に出会ひざま、その薔薇色の唇に、いはば無我夢中で接吻したのぢや。ちやうどその時、同じ悪魔めが、ええつ、ほんに畜生め、霊験いやちこな十字架の夢でも見くさるがええ!――あらうことか、あの耄碌親爺に入口の扉を開けさせをつたのぢや。コールジュ老人は戸につかまつて棒だちになつたまま、開いた口も塞がらなかつた。その忌々しい接吻の音で彼の耳はすつかり聾になつてしまつたかとさへ思はれたのぢや。それは、まだ鉄砲も火
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