あ、奴さんここにござつたのかい!」と、鳥の頭が嘴で壺をほつつきながら、ピイピイ声で口真似をした。
 祖父は脇へ飛びさがるなり、鋤を取り落してしまつた。
「ああ、奴さんここにござつたのかい!」と、木の頂上《てつぺん》から羊の頭が嘶《な》いた。
「ああ、奴さんここにござつたのかい!」と、木のうしろから熊が鼻づらを突き出して吼えた。
 祖父はぞつとした。
「ここぢやあ、物をいふのも怖ろしいわい!」さう、彼はひとりごとをいつた。
「ここぢやあ、物をいふのも怖ろしいわい!」と、鳥の頭がピイピイ声で口真似をした。
「物を言ふのも怖ろしいわい!」と、羊の頭が嘶《な》いた。
「物を言ふのも怖ろしいわい!」と、熊が吼えた。
「ふうむ……」さう言つてから、祖父は自分でびつくりした。
「ふうむ!」と、嘴が鳴いた。
「ふうむ!」と、羊が嘶いた。
「ふうむ!」と、熊が吼えた。
 祖父は胆をつぶして、うしろを振りかへつた。いやはや、何といふ夜だらう! 星もなければ月もなく、ぐるりはとんでもない難所だ。足もとは底もしれない懸崖で、頭上には山がさし迫つてゐて、今にも彼の上へ崩れ落ちて来さうに思はれる! そして祖父には
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