ちまけたものだ。
「あつ!」と、だみごゑの悲鳴があがつた。と見れば――祖父だ。それが祖父だらうなどとは思ひも寄らぬことだつた! まつたく桶が這つて来たものとしか思はれなかつたんで! ありやうを言へば、少し罪な話だけれど、祖父の白髪頭がすつかり洗ひ水でずぶぬれになつて、西瓜や甜瓜の皮をいつぱい引つかけた態《ざま》は、まつたく滑稽だつた。
「見ろやい、糞婆あ!」と、祖父は着物の裾で頭を拭きながら言つた。「まるで降誕祭まへの豚か何ぞのやうに、頭から煮え湯をぶつかけをつて! 時に子供たち、これからはな、お主たちも輪麺麭《ブーブリキ》を飽くほど食ふことができるぞ! 金ピカのジュパーンだつて著てあるけるだよ! さあ、こつちを見ろ、そうら俺が持つて来てやつたものを見ろ!」さう言つて祖父は壺の蓋を取つた。
 さあ、いつたい何がその中に入つてゐたと思し召す? まあ、何はともあれ、よく考へてから一つ言ひ当てて戴きたい。ええ? 黄金だと? それとはまるで大違ひ、黄金どころか、塵芥《ちりあくた》なんで……。いやはや、実に口にするのも穢らはしいものなんで。祖父はぺつと唾を吐いた。壺を投げ出すと、すぐその後で手を洗つた。
 このことがあつてから、祖父は、どんなことがあつても悪魔のいふことなど信用しちやならんと、かたく私たちを戒めた。
「どうしてどうして!」と彼はよく私たちに言つて聴かせたものだ。「あの基督の仇敵《かたき》が言ふことといへば、一つ残らず嘘偽りぢや! 奴のところにやあ、真実といふものは、一文がとこもあることぢやない!」そして、たまたま何処かで、何か穏やかならぬ噂でも立つことがあると、「さあさあ、子供たち、十字を切りな!」さう私どもに向つて喚くのだつた。「さあさあ、もつと! さあ、もういちど! ようく十字を切るのぢやぞ!」さう言つて、自分も十字を切りはじめるのだつた。ところで、くだんの、踊りの出来なかつた場所《ところ》には垣根を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]らして、そこへは何でも不用の物や、瓜畑から掻き出した雑草や芥屑《ごみくづ》などを捨てさせたもので。
 かういふ塩梅に、悪霊が人間を誑かしをつたのぢや! 私はその土地をよく知つてをる。その後、そこを隣りの哥薩克が瓜畑にすると言つて、私の父から借り受けた。非常によい土地で、いつも驚くほど物がよく出来たが、くだんの呪ひのかか
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