その壺を掴んだ。※[#始め二重括弧、1−2−54]そら、よいしよ、よいしよ! もう一つだ、もう一つだ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、やつとのことで引きずり出した。※[#始め二重括弧、1−2−54]ふーつ! 先づ一服やらかさう!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
嗅煙草入を取り出した。だが、先づ煙草を振り撒くに先きだつて、誰かをりはせぬかと、よくよくあたりを見まはしたものだ。どうやら、誰もゐなささうだ。ところが、おつ魂消たことには、不意に木の切株が喘ぎながら、むくむくとむくれあがつて来ると、耳があらはれ、真赤な眼がかつと見開かれ、鼻孔がふくらみ、鼻柱に皺がよつて、今にもくしやみをしさうになつた。※[#始め二重括弧、1−2−54]いや、煙草を嗅ぐのは止めておかう!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、彼は嗅煙草入をしまひ込みながら呟やいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]また、悪魔の野郎に唾をひつかけられにやならんから。※[#終わり二重括弧、1−2−55]そこで彼は手ばやく壺を手に取ると、息のつづくかぎり、一目散に駈け出したが、どうやら後ろから、何者かが木の枝で彼の足を擲つやうな気配がする……。※[#始め二重括弧、1−2−54]はあ! はあ! はあ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と声を出すだけで、祖父はただもう、無我夢中に駈けた。そして祭司の家の野菜畑まで駈けつけて、やつと息を入れたものだ。
※[#始め二重括弧、1−2−54]祖父さんはいつたい何処へ行つてるんだらう?※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、もう三時間ばかりも待ちくたびれた私たちは、怪訝に思つた。もうとつくに、家からは、母が温い水団を壺に入れて持つて来てゐた。いつまで待つても祖父は帰つて来ない。で、私たちはまた、寂しく夜食をすました。夜食がすむと、母は壺を洗つて、さてその洗ひ水を何処へ棄てたものかとためらつた。何しろ辺りは、処きらはず畝になつてゐたものだから。すると、母のゐる方へ向つて桶が一つ、よちよち歩いて来るではないか。尤も空はかなり薄暗かつた。おほかた、誰か若い衆が巫山戯けて、うしろに隠れて桶を押して来るのだらう。※[#始め二重括弧、1−2−54]ちやうどいい幸ひだ、この桶へ洗ひ水をぶちまけてやらう!※[#終わり二重括弧、1−2−55]母はさう呟やくと、熱い洗ひ水をザンブとぶ
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