藁小屋は見えるが、鳩舎が見えぬ! 向きをかへて再び鳩舎に近づくと――今度は藁小屋が無くなる。野良のまんなかで意地悪く雨がぽつぽつ落ちて来た。で、もう一度、藁小屋の方へ駈けつけると――鳩舎が見えなくなる、鳩舎の方へ行けば――藁小屋が消え失せる。
※[#始め二重括弧、1−2−54]忌々しい悪魔めが、貴様なんざあ、我が子の顔も見られねえで、くたばつてしまやがるとええだ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]やがて、雨は盆を覆へすやうな大降りになつた。
 そこで爺さん、新らしい靴を脱ぐと、雨にあてて反曲《へぞら》してなるものかと、手拭にくるんで、まるで旦那衆の乗る※[#「足へん+鉋のつくり」、第3水準1−92−34]足《だくあし》の馬そこのけの、韋駄天走りに駈け出した。ぐつしより雨に濡れそぼれたまま番小舎へ這ひ込むなり、皮外套ひとつ被つて、何かブツクサと、さも忌々しさうに、生まれてこのかた、私なんぞ一度も耳にしたこともないやうな、ひどい言葉で、悪魔を罵り立てたものだ。正直なところ、若しそれが真昼間のことだつたら、きつと私は顔を赧らめずにはゐられなかつただらう。
 その翌《あけ》の日、眼を醒して見ると、祖父は何事もなかつたやうな様子で、もう瓜畑の中を、西瓜に牛蒡の葉をかぶせて歩いてゐる。午飯《ひるめし》の時、又しても爺さん話に身が入つて、末の弟を、西瓜の代りに鶏ととりかへてしまふぞ、などと言つて嚇かしたりした。そして食後に木で鳥笛を拵らへて、それを自分で吹き鳴らしなどした。それから、ちやうど蛇のやうに三段にうねつた胡瓜を私たちの玩具に呉れた。それを祖父は土耳古瓜と呼んでゐたが、いま時、私はあんな胡瓜は、皆目見たことがない。実際、何でも遠方から種子を取り寄せたものらしかつた。
 夕方、晩飯をすますが早いか、祖父は鋤を持つて、晩播南瓜《おそまきかぼちや》の苗床を新規に拵らへようといつて外へ出た。例の呪禁《まじなひ》のかかつたところを通りかかると、つい歯の間から※[#始め二重括弧、1−2−54]忌々しい場所《ところ》だ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と呟やかずにはゐられなかつた。そしてをととひ踊りきることの出来なかつた、まんなかの処へ踏みこむと、赫つとなつて、鋤でひとつ地面を打《ぶ》つたものだ。するとどうだらう――彼のぐるりが又もやくだんの原つぱになつて、片方には鳩舎が頭を出し
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