83]ッチが何時もナイフを用意してゐることがわかつてゐたので、取敢へず彼に借用を申し込んだものだ。するとイワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチは――いやそのころは単にワニューシャだつたが、――鼠色の制服の釦孔《ぼたんあな》にさげてゐた小さい革袋《ケース》からナイフを取り出して、但しペンを削るのにナイフの刄尖《はさき》をつかはないで欲しい、それにはちやんと、適当な刄の鈍い個所があるからと、断るのだつた。かうした美点は、あの粗羅紗の外套と痘瘡《あばた》だらけの顔を入口へにゆつと現はす前に昇降口でやる咳払ひ一つで、全教室を恐怖のどん底におとし入れる、拉典語の教師の注意をすら、忽ち彼の上へ牽きつけずにはおかなかつた。いつも教壇に二振りの枝笞を用意して、生徒の半数に膝立《ひざだち》の罰を喰はせる、この怖ろしい教師が、クラスのうちには遥かに良く出来る連中が沢山あつたにも拘らず、イワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチを指導委員《アウディートル》に任命した。さて、茲に彼の全生涯に影響を及ぼすに至つた一大事件の出来したことを見逃しにする訳にはゆかぬ。彼の指導に
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