タイもチョツキもズボン釣りもつけてゐなかつた。それでも彼の肥つたからだには余程その服装がこたへるらしく、顔からは汗が玉をなして流れてゐた。
「どうなすつたんです。あなたは叔母さんに一と目会つておいてすぐ様こちらへいらして下さるといふお約束でしたのに、どうして今日までおいでにならなかつたんです?」かうした言葉に次いでイワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチの唇は、例のお馴染の座褥《クッション》に出会つた。
「どうも家事に追はれ勝ちでして……。今日はほんのちよつとお邪魔に上りました、実は少しその……。」
「ほんのちよつとですつて? そんなことは言はせませんよ。おい小僧つ!」さう肥つた主人が呶鳴ると、哥薩克風の長上衣をきた、いつかの少年が台所から駈け出して来た。「早くカシヤンにさう言つて門を閉めさせてしまへ――分つたか! しつかり閉め切つてしまへつて! そして早速この旦那の馬を軛《くびき》から外すんだ。さあ、どうか中へお入り下さい、此処ではとても暑くて、私の襯衣はもう、ぐつしよりなんです。」
イワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチは部屋へ通ると、も
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