。陽は落ちて地平の彼方に隠れる。おお! その爽やかさ、快よさ! 野良には、此処かしこに焚火の火が燃え、鍋がかけられて、それをとりかこんで髭もじやの刈手どもが坐つてゐる。水団《すゐとん》の湯気が漂ふ。たそがれの色は灰いろを帯びて来る……。さうした折、イワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチが、どんな好い気持になつたかは、口では言ひ表はすことも難かしいくらゐだ。彼は刈手たちの仲間いりをして大好物の水団を賞味するのも忘れて、じつとひとつ処に立ちつくしたまま、空の彼方に消えゆく鴎を見おくつたり、野良につらなる、刈り取られた麦の堆積《やま》を数へたりしてゐるのであつた。
程なく、イワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチは、到るところで偉い旦那だと取り沙汰されるやうになつた。叔母さんは自分の甥が自慢で自慢で堪らず、何かといへば彼のことを吹聴せずにはゐなかつた。或る日――それは、もう収穫《とりいれ》の終りころで、たしか七月の末のことだつた――ワシリーサ・カシュパーロヴナは、さもおほぎやうな顔つきで、イワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチ
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