わしの記憶といふやつが、何ともはやお話にならぬ代物で、聞いたも聞かぬもとんとひとつでな。いはば、まるで篩《ふるひ》の中へ水をつぎこんだのと変りがないのぢや。我れながら、それを百も承知なので、わざわざ彼にその物語《はなし》を帳面へ書きつけておいて呉れるやうに頼んだ次第ぢや。――いや、どうか達者でゐて貰ひたいもので――あの先生わしには何時もじつに親切な男でな、筆をとるなり、さつそく書いておいて呉れたわい。わしはその帳面を小卓《こづくゑ》の押匣へしまつておいたのぢや。そら、諸君も御存じぢやらう、あの、戸口を入つた直ぐとつつきの隅にある小卓《こづくゑ》なんで……。いやはや、これはしたり、すつかり忘れてをつたが――諸君はまだ一度もわしの家へ来られたことがなかつたのぢやな。ところで、わしがもう三十年このかた連れ添ふうちの婆さんぢやが、恥をいへば目に一丁字もない女なんで。この婆さんがある時、何かの紙を下敷にして肉饅頭《ピロシュキ》を焼いてござるのぢや。時に親愛なる読者諸君、うちの婆さんときたら、その肉饅頭《ピロシュキ》を焼くのがめつぱふ上手なのぢや、あれくらゐ美味《うま》い肉饅頭《ピロシュキ》はどこ
前へ 次へ
全71ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ゴーゴリ ニコライ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング