》の話にすつかり脅かされてしまひましたの。あれは生まれるとから、あんな怖ろしい姿をしてゐて……子供たちも幼い頃から一緒に遊ぶのを嫌つたといふではありませんか。ね、あなた、まあ何て怖い話でせう、彼にはしよつちゆう、人が自分を嘲けつてゐるやうに思へるらしいんですつてね。暗い夜、誰かに出会つたりすると、彼にはその人が大口をあき、歯を剥き出して嘲笑つてゐるやうに思はれるのですつて。そして翌る日には、屹度その人は死骸になつて発見されるのですつてね。あたしその話を聞いた時、ほんとに不思議な、怖ろしい思ひがいたしましたわ。」
かう語りながら、カテリーナは手巾《ハンカチ》を取り出して、自分の腕に眠つてゐる我が子の顔を拭つた。その手巾には彼女の手づから紅い絹絲で木の葉と木実《このみ》が刺繍《ぬひと》つてあつた。
ダニーロは何の応へもせず、一方の、遠く森のうしろから土塁が黒々とつづいて、その向ふに古い城塞の聳えてゐる闇の中へ眼を凝らしはじめた。と、彼の眉の上には三本の皺が一時に刻まれた。その手は雄々しい口髭を撫でてゐる。「魔法使《コルドゥーン》が、何もそれほど怖しいのではない。」と彼は呟やくのだつた。
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