れば、お前の子供を斬り殺すぞ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]さういつて彼は喚きましたの……。」
そしてさめざめと泣きながら、彼女は揺籃に身を投げかけた。すると、びつくりした子供が小さい手をさしのべて、ワッと叫んだ。
さうした話を聞くと、大尉の息子は赫つとなつて憤りに燃えた。
大尉ゴロベーツィ自身もいきり立つた。
「何とでも、出来るものならやつて見ろ、呪はれた外道めが、ここへ来て、この老哥薩克の腕に力があるか無いか試して見るがよい。神様はちやんと見てござるのぢや。」と、彼は烱々たる両眼をあげて、叫んだ。「わしは逸はやく兄弟分のダニーロに手を貸さうとして駈けつけたのぢやが、是非もなや! もうその時すでに彼は、これまで多くの哥薩克どもが永遠の眠りに就いたあの同じ冷たい死の床に横たはつてゐたのぢや。そのかはり、彼のために激しい弔ひ合戦をやつた。そしてただの一人も波蘭の奴を生かしては返さなかつたのぢや。心を鎮めたがよい! わしと、わしの息子の眼の玉の黒いうちは、誰ひとりあんたを辱めることは出来んのぢや!」
かう言ひ終つて老大尉は揺籃に近寄つた。すると幼児《をさなご》は大尉が革紐に吊つてゐた、銀象嵌入りの赤い煙管とピカピカ光る燧鉄《うちがね》の入つた巾着を見て、いたいけな両手をさしのべて、にこにこと笑つた。「親爺のあとつぎぢやのう!」と、老大尉は煙管を外してその手に持たせながら言つた。「まだ揺籃のなかにをる癖に、もう煙管をくはへることを考へとるのぢや!」
カテリーナはホッと溜息をつきながら、揺籃をゆすりだした。その夜はみんないつしよに明かさうと申し合はせたが、暫らくすると一同は寝についた。カテリーナも眠りに落ちた。
家の内も外もひつそりと静かだつた。ただ夜警の哥薩克が起きてゐるばかりだつた。突然、あつと叫んでカテリーナが眼を醒ました。それについで一同も眼をあいた。「坊やが殺されてゐる、坊やが斬り殺されて!」さう叫んで、彼女は揺籃へ飛びついて行つた……。一同は揺籃を取り囲んだ。そして、揺籃の中に息絶えた幼児を見出すと、恐怖のために化石したやうになつて、誰ひとり口を開かなかつた。この言ひやうのない残虐を、どう考へてよいか知る者はなかつた。
十二
ウクライナの国境から遠く波蘭を横ぎり、繁華な*レンベルグの市《まち》を越えて、高い連峯が列をなして走つ
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