る仕度をした。だが明らかに彼の心はあらぬ方を彷徨《さまよ》つてゐたに違ひない。さもなければ、袋を締める時に縄の下へ髪の毛を括り込まれたチューブが悲鳴をあげたのと、肥満漢《ふとつちよ》の村長がかなりはつきり逆吃《しやつくり》をしたのを、耳にしない筈がなかつた。※[#始め二重括弧、1−2−54]あの碌でもないオクサーナのことなんか、もうすつかり頭の中から叩き出してしまつた筈ぢやないか?※[#終わり二重括弧、1−2−55]と鍛冶屋は呟やいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]あいつのことなんか忘れてしまつた方がいいのに、後から後から、わざとのやうにあいつのことばつかり思ひ出されてしやうがない。なんだつてかうなんだらう、心で思ふまいとすることが頭の中へ潜りこむつてえのは? うつ、畜生! この袋め、何だか前よりよつぽど重たくなりをつたぞ! きつと炭の他に何か入つてるに違ひない。いや、なんといふおれは馬鹿だ! 今のおれには何に依らず、前よりも重く思へるつてことを忘れてゐるなんて。前には、おれは片方の手で五|哥《カペイカ》銅貨や馬の蹄鉄《くつがね》を折り曲げたり伸ばしたりすることだつて出来たのに、今
前へ 次へ
全120ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ゴーゴリ ニコライ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング