接吻して、自分の胸に手を当ててホッと吐息をつきながら、もしも彼女がうんと言つて自分の欲望《おもひ》を叶へ、然るべく犒《ねぎ》らつて呉れない暁には、何をしでかすか分つたものぢやない。恐らく水中へ身投げをして、魂だけは焦熱地獄へまつさかさまに落ちて行くだらうなどと、ぬけぬけと切りだしたものだ。ところでソローハはさほど情《つれ》ない女でもなかつたし、第一、悪魔と彼女が共謀《ぐる》になつてゐたことも明らかだ。それに、もともと彼女は、自分の尻を追ひまはす連中をあやなすのが大好きで、さういふ手合を引き入れてゐないことは稀らしかつた。しかし今夜だけはこの村の主だつた連中はみな補祭の家の蜜飯《クチャ》に招ばれてゐるから、どうせ誰ひとり忍んで来るものはあるまいと思つてゐた。ところがまんまと予想がはづれて、悪魔がやつと想ひのたけを打ち明けたばかりのところで、だしぬけに表の戸を叩く音がして、それといつしよに、がつちりした村長の声が聞えたのだ。ソローハは急いで戸をあけに駈けだした。咄嗟に、敏捷な悪魔はそこにあつた袋の中へ潜《もぐ》りこんだ。
 村長は帽子についた雪を払ひ落すと、ソローハの手づから火酒《ウォツカ
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