言つた。「あんたが、あたしの足にはけるやうな靴を何処で手に入れるか、ひとつ見てゐてあげるわ。ふん、あんたが女帝のおはきになる靴でも持つて来てくれたらねえ。」
「まあ、ずゐぶん注文が大きいのね!」と、娘たちの群れが笑ひながら叫んだ。
「ええ、さうよ!」と美女は誇りかに語を継いだ。「ね、皆さん、証人になつて頂戴な。もし鍛冶屋のワクーラさんが女帝のおはきになる靴を持つて来て呉れたら、あたし屹度、その場でこの人のお嫁になることよ。」
娘たちは、このやんちやな美女を伴つて出かけて行つてしまつた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]笑へ! 笑へ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、一同の後から外へ出ながら鍛冶屋はつぶやいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]おれは自分で自分を笑つてるんだ! 考へれば考へるほど、おれの頭はまつたくどうかしてゐる。あいつはおれを好いてゐないんだが――ままよ、勝手にしやがれだ! 女といへばまるで世界ぢゆうにオクサーナよりほかにはないとでもいふのかい。あの女でなくつたつて、お蔭さまなことに、村にやあ好い娘《こ》が、ざらにあらあな。オクサーナがなんだい? あんな女は主婦《かみさん》にやあむかないさ。あいつはおめかしの名人といふだけのことぢやないか。ううん、もう沢山だ! もういいかげん、馬鹿な真似はよさう。※[#終わり二重括弧、1−2−55]
しかし、鍛冶屋がかうきれいさつぱり諦らめようとしたその刹那、ある意地の悪い精霊《すだま》が、※[#始め二重括弧、1−2−54]女帝の靴を持つといで、さうしたらお嫁にいつてあげるよ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]とからかふやうに言ひながら笑つてゐるオクサーナの面影をまざまざと彼の眼前へ浮かびあがらせた。すると遽かに彼の魂は騒ぎ立つて、オクサーナのことよりほかには何ひとつ考へられなくなつてしまつた。
流しの群れは、若い衆は若い衆、娘つこは娘つこと、てんでに往来から往来へと先きを急いだ。しかし鍛冶屋は歩きながらも何ひとつ眼にもとまらず、前には誰よりも好きだつたこのお祭り騒ぎに仲間入りする気にもなれなかつた。
* * *
話かはつて、その間に、悪魔はソローハの傍らですつかり現つを抜かしてゐた。彼はちやうど陪審官が補祭の娘に向つてするやうな鹿爪らしい顔で女の手に
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