は吹雪の起つたのが結句うれしかつたのだ。補祭の家まではまだ、二人がそれまでに辿つて来た道のりの八倍もあつた。歩行者たちは後ろへ方向《むき》をかへた。風が項《うなじ》へ吹きつけるばかりで、渦巻く吹雪をとほしては何ひとつ見わけることも出来なかつた。
「待ちなよ、教父《とつ》つあん? どうも見当が違つてるやうだよ。」と、少し後へ遅れてチューブが言つた。「おいらにやあ家が一軒も見えねえ。ちえつ、なんちふ吹雪だ! ちつと脇へそれて道を探してみて呉んなよ、俺らはその間にこつちをさぐつて見るべえからよ。こねえに吹雪の中をうろうろさせられるちふのも、てつきり悪魔の仕業に違えねえだよ! 道が目つかつたら忘れずに呼んで呉んろ。ちえつ、悪魔めが、なんちふ雪塊《ゆき》を吹きつけて、目潰しを喰らはしやあがるこつた!」
 だが、道は分らなかつた。脇へそれた教父は、深い長靴ばきの足で前へ行つたり後へ戻つたりしてゐたが、最後にひよつこりと酒場の前へ出た。酒場を見つけてすつかり有頂天になつた彼は何もかも忘れてしまつて、からだにこびりついた雪を払ひ落しながら、往来に残した仲間のことなどは、てんで心にもとめず、表口から中へ入つて行つた。一方、チューブには道が分つたやうに思はれたので、立ちどまつて声を限りに呼び立ててみたが、教父がさつぱり姿を見せないので、自分だけひとりで帰ることにした。少し先きへ進むと、彼の眼には自分の家が見えだした。家のぐるりにも屋根の上にも雪が堆《うづた》かく積つてゐた。彼は寒さに凍えた手をあげて、トントンと戸を叩きながら、娘に向つて戸を開けろといかつく呶鳴つた。
「此処にいつたい何の用があるんだ?」と、そこへ出て来た鍛冶屋が、威猛だかに呶鳴りかへした。
 チューブは、鍛冶屋の声を耳にして、少し後へさがつた。※[#始め二重括弧、1−2−54]おやおや、これあおれの家ぢやなかつたわい。※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、彼は口の中でつぶやいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]鍛冶屋めがおれの家へ立ち寄る訳はないからな。待てよ、よく見れば鍛冶屋の家でもないわい。いつたい、これあ誰の家だらう? なあるほど! さつぱり見当がつかねえと思つたら、なあんだ! これあ、あの、近ごろ新嫁を貰つたばかりの、跛《びつこ》のレヴチェンコの家ぢやねえか。おれのうちに似た家は奴さんの家より他にやあねえ筈
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