この世の冬ほどには寒くない地獄で、ちやうど料理店のコック頭のやうに、白い帽子をかぶつて竈の前にたたずみながら、降誕祭の用意に腸詰を煮る女房《かみさん》のやうな満足らしい顔つきで、亡者を焙る悪魔に、厳冬の寒さのこたへるのは不思議でも何でもない。
 妖女《ウェーヂマ》の方も、温かい服装《みなり》はしてゐたけれど、なかなか寒いと思つた。それで、両手を左右にひろげて、片方の足を後ろへ引き、ちやうどスキーを履いて滑走する人のやうな姿勢をとり、全身の節々をしやんと伸ばして、まるで氷の急坂を辷りおりるやうに、空中を真一文字に、わが家の煙突さして飛翔した。
 悪魔もやはり同じやうにしてその後を追つた。この生きものは、*靴下を穿いたどんな洒落者よりも遥かに敏捷だつたから、煙突の口のところで自分の情婦の首つ玉へ飛び乗つてしまつたのも不思議はない。かうして彼等は、広々とした煖炉《ペチカ》のなかの、壺や瓶の間に姿を現はした。
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靴下を穿いた洒落者 往時、一般の露西亜人は靴下と称すべきものを用ゐず、ぼろ切れを足に巻きつけて長靴を穿くのが普通であつたから、靴下を穿くほどの人間といへば、法外な洒落者といふことになる。また当時でも猶太人のみは靴下に短靴といふ軽装をしてゐたから、茲にもその意が含められてゐると見てよい。
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 空の旅から戻つた妖女《ウェーヂマ》はそつと焚口扉《ザスローンカ》をずらして、わが子のワクーラがお客を家の中へつれこんでをりはせぬかと、ちよつと覗いてみたが、部屋の真中に置かれた二つ三つの袋の他には誰ひとり人影のないのを確かめると、のこのこと煖炉《ペチカ》から這ひだして、温かさうに著ぶくれた裘衣《コジューフ》を脱ぎ捨てて服装《みなり》をなほした。で、一分間まへまで彼女が箒に跨がつて空を飛翔《とび》まはつてゐたなどとは、誰にも思ひもよらなかつた。
 鍛冶屋ワクーラの母親は年のころ四十を幾つも出てゐなかつた。その容色はすぐれて美しくもなければ、醜くもなかつた。尤もこの年配で美貌をたもつといふことは困難だが、それでゐて彼女は、この上もなく生真面目な哥薩克連(尤もこの手合にとつては容色などは二の次ぎのことであつたが)を、うまうまと蕩しこんでゐたので、村長や、補祭のオーシップ・ニキーフォロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]
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