、私は早くからH――氏の部屋を訪れて、ロマンティストは、一体どんな指環を恋人のために択ぶべきかを質いた。
『君に恋人があるんですか?――』
『指環が万事物を云うのです。』
『せいぜい立派なのを買ってお上げなさい。』
『蛋白石と云うのですが、僕には宝石の鑑定などは少しも出来ないのでしてね。』
『造作もない話です。一緒に行こうではありませんか。そんな贈物はロマンティストとして是非とも細心を要することです。』
 H――氏は非常に乗り気になって、直ぐ宝石屋迄一緒に行ってくれた。そうして、殆ど自分独り決めに、恰もH――氏の贈物ででもあるかの如き熱心さで、いろいろと吟味した末、一番値の張った奴を択び出した。
『これを買ってお上げなさい。値段は――持っていますか?』
 H――氏は正札と見比べるように、私の財布の中味を覗き込んだ。
『恰度。すっかりハタかなければなりません――もう少し廉いのではいけないでしょうか?』
『困るなあ。――』H――氏は横を向いて眉をひそめた。
『金銭に淡白になれないロマンティストなんて、鼻もちになったものではない…』そこで、私は到頭この高価な買物を余儀なくさせられた。宝石屋の店を出ると、うなだれがちな私を引き立てるように、晴々とした調子で彼は云った。
『何にしても、これなら先方だって充分嬉しがるに違いない。幸福な婦人だ。ところで、その淑女は、僕などの無論知らない人でしょうな。』
『いや……』私は口ごもった。『いや、実はあの「星の花」と今晩一緒に遊びに行く約束をしたのです。』
 するとH――氏は、ひどく吃驚した様子で立ち止まった。
『これはしたり! いやはや、そんなことと知っていたなら、僕は何もこんなお人好しの役目を仰せつかるのではなかった。あの女は実に怪しからぬ奴です……』
 H――氏は激昂のあまり息を切らせながら云うのであった。『正直なことを白状すれば、あの女は僕と夙に夫婦約束がしてあるのです。そして、しかも、僕にも指輪を一つ買わせました。これとすっかり同じ指輪なのです。あの女は十月生まれですから、蛋白石を欲しがるのですよ。ああ、何と云う咀われたことでしょう。』
『大丈夫です。』と僕は云い切った。『僕にとって、女よりもロマンティストの信義と友愛の方が遙かに値打のあるものです……この指輪は、溝へたたき込んでしまいましょうか? それとも、店へ返して、その金で
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