っかけを作ろうと思いました。そこで、彼女は青年が泳ぎに行くような時を見計らって、彼女も海へ行って、青年の泳いでいる付近で溺れて助けて貰おうかと考えたのですが、その計画は実行されるに至りませんでした。青年は泳ぎが非常にまずくて、殆ど腰ほどの深さのところばかりに立っているのに、彼女は五|哩《マイル》遠泳位はやれそうな腕前なのでしたから。
 青年は、砂の上に寝ころんで、はるかに、赤と青とのだんだら縞の水着を着た彼女のか細い腕が、抜き手を切って波と戯れているのを、不思議そうに見物していました。
       *
「――失礼ですが、お嬢さん……」
 到頭、それでも、或る晩のことヴェランダで青年の方から、こう彼女へ声をかけました。
       *
「――失礼ですが、お嬢さん。……あなたに、もしや、お兄さんが一人おありになりはしませんでしたろうか?……」内気な青年は、極めておどおどとして口籠りながらそういいました。
「兄※[#疑問符感嘆符、1−8−77] 兄があったかとおっしゃるのでございますか。ございましたわ! ええ、ええ。それは非常に優しい兄が一人ございました……」と彼女は、びっくりしながらも、喜び勇んでそう答えました。
「そうですか。それで、そのお兄さん、今は御一緒にはいらっしゃらないのですか?――」
「はあ、――もう、別れ別れになりましてから――そうでございますね、かれこれ十五年にもなろうかと存じます。何分私なぞまだあまり幼い時分のことだったものでございますし、一体どんなひどい家庭の事情があったものでございますやら、その後誰も聞かせてくれるものもございませんし、今もって全く判らないのでございますが。……ですが、その兄が、どうかしたのでございますか?」彼女は顔を輝かしてそうきき返しました。
「十五年?――そんなに経ってしまったのでは、もうまるでおもかげさえもおぼえてはいらっしゃらないかも知れませんね。……いや、実は、あんまりはっきりとしたことを最初からお受合いするわけにもまいらないのですが、少しばかり友達から聞かされましたので……」
「とおっしゃいますと――あの、兄らしいものでも、どこかにいるのでございましょうかしら?」
「まあ、そうなのです。詳しいことを申し上げないとわかりませんが、……大分へんな話なのですよ。それできっと御信用なさらないだろうと思うのですけど。」
「信
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