、それを抱き止めた。
 ――おお、地上の宝よ! 私の生命よ!」ミハエルは叫ぶのである。
 ――どれどれ! 何処にいるのですか? 私にも見せて下さい。」と私は云った。
 ミハエルは漸く私に双眼鏡を手渡しながら早口に説明した。
 ――すぐ下です。博覧会の真中です。大きな赤い旗と緑色の天幕との間にある象の形をした建物の前です。印袢天を着た男達の中にたった一人まじっている女がそうです。……わかりましたか?」
 私は彼の云うが儘に焦点を定めた。すると果して一人の美しい女の顔を発見することが出来た。だが、よくよく見るならば、ああ! 私はそこで危く双眼鏡を取り落とすところであった。
 何故と云って――私の見出したところのその美しいミハエルの恋人たるや、何と今しも印袢天を着た会場整理の人足共に依って擔ぎ出された、何処か呉服屋でも出品したらしい飾り付け人形であったではないか!



底本:「アンドロギュノスの裔」薔薇十字社
   1970(昭和45)年9月1日初版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:森下祐行
校正:もりみつじゅんじ、
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